言い方キツくてすみません。

編集者ときどきライター。仕事以外でつらつら書きます。

そうして、女は捨てられるようになる。

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※この記事はnoteより移行したものです

「なんか、煩悩が強そうだよね」

ついうっかりと、2皿目の餃子を注文し終えたところだった。

たしかに自室を思い浮かべれば、これは絶対読まねば、と意気込んで本や雑誌、マンガ、映画のパンフレットが緩やかな稜線を描いている。

クローゼットはどうだろう。次々と投入される新参者によって、いつかの勝負服たちが押し出され、メルカリ待ちのまま、これまた部屋の片隅に小山を築き始めた。

寝食だって、いつまででも貪れてしまうのだから、彼の先ほどの一言は、気持ちの良いほどに的の中心を射抜いている。

「えーやだ、なんでわかるのー?」なんて受け流しつつも、ちょっといいなと思い始めた異性に言われて嬉しい言葉ではない。

餃子、やめときゃよかったかな…。

「煩悩が強いのでお酒が足りませーん!」

アルコールの勢いも借りて、半ば無理矢理上がりこんだ彼の部屋は、無印の展示みたいで。うちとほぼ同じ間取りだと気づくのに、たっぷり30分はかかった。

選び抜かれたインテリアのなかでも、ひときわ品のいい小ぶりなソファに横並びで腰掛け、決して不快感を与えない距離感を彼はキープしている。

終わりの見えない会話は、少しの沈黙すら楽しいほどだけれど、そろそろ物足りなくなってきた。彼が手に持った缶を飲み干した瞬間を見計らい、その場に押し倒す。

「やっぱり煩悩が強いなぁ」

深く沈み込みながら、彼は笑っていた。

そうして既成事実を手に入れたら、今度は“彼女”という肩書が一番欲しいものになる。餃子の夜を超えて目覚めると、とんとん拍子でその称号を得た。彼からの申し出だった。

「だって、こんなに煩悩が強いなら、遅くとも明日には迫られてるでしょ」

どうせならと、一気に決めてしまった同棲は、彼が私の家にやってくる形で始まった。

いくつかあったはずの家電も、あの小さなソファもどこへやら、荷物は割と大きめのボストンバッグだけだと言う。足の踏み場に困るとはいえ、その程度の量なら私の部屋にも収まる。無事に二人の空間の完成だ。

ソファベッドで「暑い狭い」と押し合い、笑い疲れて目を閉じると、これ以上もう何もいらない、なんて思えてしまったのだから不思議だ。

本当に不思議。

その気持ちに嘘はなかったのだけれど、やはり煩悩が強すぎるのかもしれない。

ねぇ、と口を開けば、私を好いてくれる理由を欲しがり、もっと一緒に過ごす時間を欲しがり、愛情表現を欲しがり、未来永劫続く約束を欲しがった。

「そろそろ冬物を出さないとね」なんて言い始めた頃、出て行くと彼は言った。

二人で買った家具も食器も全部置いて、「悪いけど、処分するならこれで」とお金の入った封筒まで置いていった。

部屋の中はほとんど変わりない。ただ、そこかしこに生まれたほんの少しの隙間が、居なくなった存在をうるさく主張する。元は私の物が置かれていたはずなのに、なぜかパズルのピースが違うとでも言うように、元のように塞ぐことができなくなっていた。

隙間を消すには、もっと隙間が必要だ。

煩悩を捨てよう。断捨離しよう。こんまりしよう。

まずは彼用のカップや枕を捨てた。なぜか観覧車乗り場で強制的に撮らされた記念写真も。二人で選んだ本棚は、まだ使えるから悩んだけれど、処分を決めた。

ならば、彼も使ったタオル、食器、一緒にくつろいだソファベッドも掛け布団ごと、彼の触れたものはすべてゴミに出そう。

それでも足りない気がして、積ん読の山を削り、二軍はおろか、大事にしすぎて着られずにいた服も、丸一日コーディネートに悩んだ、あの日のデート服も、靴も、アクセサリーも半透明の袋に押し込んだ。

唯一プレゼントしてもらったピアスは、ベランダから放り投げた。通行人がいないのを確認して、通りの向こうの川めがけて飛ばした2つの小さな金属の塊は、土手のフェンスに当たって、ただカシャンと音を立てた。

そうして今、好きだ、という気持ちだけが残っている。

(了)

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今年こそ断捨離するぞという決意表明をするつもりが、こうなりました。公開も1月中のつもりが…あああ…。